かれの書いている日記のファイルを読んでいる。
清掃担当のスタッフは、かれの頭の中では「秘密組織」のメッセンジャーで、かれは清掃スタッフにUSBメモリにコピーした「業務報告書」を定期的に渡しているのだ。

 

私は表向き存在しないことになっている政府機関のしごとを請け負った。
ふたりになったミカ=ユカ/ミカがこれまでに過ごした(ニセモノの)日々を写真の加工によって創るという作業だ。
ふたりのミカの過去の歴史を捏造する作業に時間を費やすのだ。

同一存在であるミカ=ユカ/ミカは政府機関の監視下にある。

が、国は彼女(たち)から秘密を取得したのち、どうするのか。
ミカ=ユカ/ミカは研究対象として生かされる

私が今やるべきなのは、ユカ/ミカがこれまでに過ごした(ニセモノの)日々を創るという作業だ。
いつもしているように、私はユカの写真素材フォルダを開いて、素材を丹念に選び出す。ユカをふたりにして、双子モデルに仕立てていく。




 



かれの診察が終わった。

いつものように、かれは長々と〈秘密の任務〉について語った。
かれは、モデル撮影会が契機となって世界を揺るがすような事態を知ったのだという。

かれの頭の中で、私はモデル撮影会でよく顔を合わせるアマチュアカメラマンで、政府機関に勤務する官僚ということになっている。

かれはいたって平凡な独身の中年男だ。
趣味がポートレート撮影なのだという。

休日になるたびに有料のモデル撮影会によく参加していたが、常連のほかのカメラマンと何度となくトラブルになって、あちこちの撮影会で出入り禁止になった。
家庭のトラブルや仕事の不調が重なってかれはアパートに引きこもり、餓死寸前で発見された。
精神を病んで、かれは現実を喪失した。

かれに関しては、病室にパソコンを持ち込んで使うことを許可した。
おそらく〈現実〉に帰還する術もないと思われる病状。
かれが妄想に浸っている間は行動が安定していることから、妄想を補強する「同一人物の双子化」の作業を容認した。



私が今やるべきなのは、ユカ/ミカがこれまでに過ごした(ニセモノの)日々を創るという作業だ。
ユカをふたりにして、双子モデルに仕立てていく。

 

 
かれはパソコンでの作業に大半の時間を費やした。
ドライアイを訴えて、目薬を所望するくらいに。

かれは、かつてユカという名前で活動していたモデルに夢中になっていた。
撮影会に参加するたびにプレゼントを用意し、ラブレターを手渡しし、自宅を突き止めて付け回して、警察を呼ばれたりした。
ユカはモデルを辞めて田舎に戻ったという。

かれは〈ユカが二人になった〉という妄想に取り憑かれ、これまでに撮った膨大な写真を材料に、ユカをパソコンの画面上で二人にする作業に夢中になった。
かれはユカに妄執する理由と、なぜ彼女を二人にするかは語ることはない。