柏木由紀には秘密があります。

どんな秘密かって?

それは、ふたり存在するということなんです。
まったく同じ柏木由紀がふたりいるんです。

むかしの人気タレントのなかには自分の〈ダブル〉を使って、忙しいときは〈ダブル〉が写真の撮影だとか、テレビ番組のリハーサルに立ち会うとかしていたという話もあります。
〈ダブル〉とは外見がそっくりな替え玉役の人のことを言います。

柏木由紀がふたり存在するというのは、彼女が〈ダブル〉を使っているという意味ではありません。
本当に、柏木由紀がふたり存在しているのです。

なぜ同じ人間がふたり存在しているのか?
それは総合プロデューサーが仲良くしていた怪しい人物の持っている不思議な力のせいだと言うのです。
その人物は、「先生」と言われていました。
本名は誰も知りません。
女性で、どうみても女子高校生にしか見えない幼い顔かたちをしていたといいます。
デビューしたての頃の原田知世そっくりの容貌だと言った人もいます。
総合プロデューサー氏は、「先生」は奇跡を起こすひとなんだ、すごいひとだよと事あるごとに言いました。
芸能界は、〈明日はどうなるかわからない〉人たちが仕事している世界です。
だから、占いや予言をするという人を呼んで、自分の未来を見てもらうことが静かに流行しているといいます。
「先生」は正確に未来を言い当てるという評判でした。
それに加えて、何らかの力を持っているという噂のある人なのです。
余命わずかの人を回復させた、いや、死んだ子供を蘇らせたことがあると聞いた・・・・
真偽は不明です。
彼女はなかなか消息がつかめないひとで、木場公園で暮らすホームレスの「セイント老人」と呼ばれるひとに尋ねると教えてくれるといいます。

あるとき、総合プロデューサー氏は自ら木場公園を数日歩き回ってメッセンジャー役の「セイント老人」に会い、秘密のパーティーへの参加の約束を取り付けました。
パーティーは都下の鬱蒼とした森に囲まれた広場に移築された大きな古民家を改装したホテルで催されました。

疑り深いことで有名な大手芸能事務所のオーナーも来ていました。奇跡は本当か、おれは疑っているぞと超高級ウィスキーのグラスを手に言いました。
いいでしょう、と「先生」は言いました。さらに、
ただし、代わりにいただきますが、よろしいですか?
オーナーはいいよ、なんだかしらないけどあげるよ、何でもと言いました。

「先生」は、総合プロデューサーに向かって、
メンバーを一人連れてきてください。
と言いました。

柏木由紀がやって来ました。
先生、あの時の約束通りに柏木由紀を連れてきました。

よいことですね。
「先生」は微笑みを浮かべました。続けて柏木由紀に言いました。
あなたは二人になったほうがいいでしょう。
そのとき、柏木由紀はかすかに笑ったといいます。
「先生」は右の手のひらを柏木由紀に向けました。すぐにその手を下ろしました。

ドアが開いて、柏木由紀が入ってきました。
ふたりの柏木由紀は向かい合いました。
最初は驚きの表情をしていましたが、そのあとほぼ同時に笑みを浮かべて抱き合いました。
「待ってた」
「会いたかった」
とふたりは小さい声で言いました。

みんなが驚いてふたりの柏木由紀を取り囲みました。
「ふたりは一緒に暮らすように。でないと悪いことがおこるから。一緒に芸能活動はしないほうがいいですね」
「先生」は言いました。

その後、「先生」はまたも連絡が取りづらくなりました。
大手芸能事務所のオーナーはほどなく心筋梗塞で亡くなりました。
「先生」が”代わりにいただきますが、よろしいですか”と言ったのはオーナーの命だとの噂が立ちました。

ふたりの柏木由紀は一緒に暮らし始めました。
ふたりは話し合ったり、お風呂でからだのあちこちを比べたりして、どちらも自分なのだと確認したのです。
ベッドに一緒に寝ました。

次の日、「先生」が柏木由紀の家に来ました。
驚いたことに、リビングにいきなり出現してソファに座っていたのです。
気にしないでください。アストラルボディだけになって来ているのです。

あなたが、〈もうひとり自分がいたら〉といつも考えていることはわかっていました。それを叶えようと思ったのです。

二人が手を取り合って頷くと、「先生」はもういませんでした。














かたち